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靖国問題の原点

完全にタイミング逃しちゃった感はありますが・・・

・【首相官邸】小泉総理インタビュー
・【lifehack】「靖国メソッド」国民のあいだで大ブレイク
この力が抜け切る感じは何だろう。あきれはてて怒りすら沸いてこない。「どうせ~いつ参拝しても同じ」の逆ギレ開き直りのくだりは、一国の総理として、というか一人の大人として本当にありえないと思う。その上、「それをいっちゃおしまい」のルール違反をどうどうと犯して国民を完全に馬鹿にしてもほとんど何のお咎めもなし。マスコミも含めて終わってる。暴力映画とかよりもよっぽど子供の教育によくないでしょう。

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靖国問題の原点
三土 修平
日本評論社 2005-08
評価

by G-Tools

いつまでたっても賛成反対の両陣営が平行線をたどり続ける靖国問題。いつも同じパターンの議論を繰り返し、感情的でまったく建設的ではなく、誰にとってもすわりが悪い。本書では議論が平行線をたどるのは戦後の中途半端な靖国改革の当然の帰結であるとし、その混乱の原因を一つ一つ解きほぐしていく。平易な文章で読みやすいのは、筆者が政治や宗教の専門家ではない(法学部卒、経済博士)というのもひとつの要因かもしれない。筆者のポジションや主張がいまいち明確でないことを除けば、靖国問題への入門書としてはかなりおすすめ。

筆者によれば、今日の靖国問題の源泉としては、戦後のGHQの神道指令、宗教法人令による中途半端な靖国神社改革により、靖国神社が「シーラカンス化」したことがあげられる。敗戦後、日本が靖国神社の存続方法として選べぶことができたのは、政教分離の元、公共性を維持したまま宗教性を排除するか、宗教性は残しつつ公共性はあきらめるという2つの選択肢であり、日本は後者を選択した。

靖国神社が戦前に国威発揚、国家統一の装置として大きな役割を果たしたのは戦争直後の人々にとっては常識であり、靖国の持つ強力な公共性は疑う余地もなかった。その状態で、戦後改革でいくら制度的に宗教性を残し、公共性は排除するという選択をしたとはいっても、いかんせん無理があったのである。もしも史実とは逆に公共性を残し、宗教性を排除するという選択をした場合、GHQ統治の下、天皇のために死んだ人々を神として祭るというような思想は、戦後の公共性の概念としては認められるはずもなく、靖国は完全に無害化され、宗派に関係なく戦没者を追悼するための中立的な施設に生まれ変わっていたはずである。宗教性を残し、一宗教法人だからどのような思想に組するのも自由という立場を(意識的に)とることにより、戦前の宗教性、公共性をそのままなんとなく残した、生きた化石のような施設として現在まで延命することになったのである。

筆者は、現在において、このような歪みを温存したまま(靖国が私的な宗教法人であるという前提を保ったまま)「政教分離」をキーとした議論が行われることが、靖国問題をこじらせる大きな原因となっているという。参拝反対派は、表面的には公人が私的な宗教に肩入れすることを政教分離の原則の下に批判しつつも、実質的に批判したいのは、靖国は宗教などではなくただの国威発揚の装置であるという点である。逆に、参拝賛成派は、表面的には靖国は宗教であるというよりも、戦死者追悼のための公的施設であるから政教分離には抵触しないと主張しつつも、本心としては、靖国が祭るものは国民全員が信じるべき行動規範、国家宗教であるべきとし、また、現状宗教法人として思想的に自由に振舞え、税制優遇もされる立場をありがたく享受している。このように、「政教分離」を中心とした議論では現状ではかならず平行線をたどるような構造になってる。またこのような状況では、純粋に戦没者を追悼するべきという遺族や一般的な市民の意向はうまく汲み取られず、上記の極論のどちらか一方にからめとられ、だれもが「すわりの悪い」状況におかれてしまうのである。

本書ではこのような議論以外にも、日本的な公私の構造の特殊性や、「せっかく」史観、「陰謀」史観といった典型的な思考パターンなど、興味深い分析もなされており、かなり興味深く読むことが出来た。

個人的な意見としては、やはり靖国とは別の戦没者追悼施設を作るべきだと思う。そうするのが、歪んだままあまりに肥大化し、影響が大きくなりすぎた靖国をちゃんとした形で無害化するためには一番の解決策じゃないだろうか。

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